東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)198号 判決
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
(一) 成立に争いのない甲第二号証、第三号証、第六号証によれば、本願発明は、走査形電子顕微鏡等の試料像表示装置に関するものであつて、本願発明の要旨は、昭和五六年四月八日付手続補正書による補正後の特許請求の範囲(請求の原因2の項)記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。
ところで、成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例も走査形電子顕微鏡等の試料像表示装置に関するものであつて、右装置は、試料に照射ビームを照射する手段、前記照射ビームで試料面上を二次元的に走査する走査手段、前記走査手段による試料面上の照射ビーム走査領域を広狭複数領域に切換えるための切換手段、前記各走査領域からの信号を検出する手段、前記手段による検出信号が輝度変調信号として導入され、前記広狭複数領域に対応する走査画像(試料像)を独立に同時に表示する手段を備えたものと認められ、また、その装置は、引用例中の「試料の拡大像とその中のある一部分をより一層拡大した試料像とを独立に同時に得ることもできる。」(第二欄第一五行ないし第一七行)、「出力制御回路10の出力によつて照射ビーム2が走査されるところの走査範囲が、出力制御回路11の出力によつて照射ビーム2が走査されるところの走査範囲よりも大きくなるように……調節しておき、かつ、前者の走査範囲で照射ビーム2を走査する時に得られる二次電子検出信号を陰極線管(「陰極線」は誤記と認める。)6のグリツドGに導くとともに、後者の走査範囲の照射ビーム2を走査する時に得られる二次電子検出信号を陰極線管7のグリツドGに導くように……設定しておけば、陰極線管(「陰極線」は誤記と認める。)6に表示される二次電子による試料拡大像の一部をより一層拡大して陰極線管7に同時に表示することができる。」(第四欄第一一行ないし第二四行)、「バイアス回路17(11は誤記と認める。)によつて出力制御回路11の出力のバイアス分(直流分)を調節すると……照射ビーム2の走査位置を換えることができる。したがつて、試料1の任意位置の……試料像を陰極線管7に表示することができる。」(同欄第二四行ないし第二九行)の各記載からみて、狭走査領域を広走査領域中の任意の部分に設定できるものであつて、これによつて、広領域走査画像を表示する手段(陰極線管6)に表示される広領域走査画像(試料像)の中の任意位置の狭領域走査画像(試料像)を拡大して、狭領域走査画像を表示する手段(陰極線管7)に表示することができるものであり、また、引用例中の「図示はしないが、低倍率の試料像のどの位置の部分を高倍率で観察しているかを示すための輝点を、低倍率で観察している陰極線管上に表示することも実際上可能である。」(第五欄第五行ないし第八行)との記載からみて、狭領域走査画像を表示する手段(陰極線管7)に表示されている狭領域走査画像(試料像)が、位置的にみて広領域走査画像を表示する手段(陰極線管6)に表示されている広領域走査画像のどの部分に対応しているのかを識別するための輝点を、広領域走査画像を表示する手段に表示されている広領域走査画像中の狭領域走査画像に対応する位置に、表示するための手段を備えたものであると認めることができる。
そこで、本願発明と引用例記載の装置とを対比すると、両者は、広領域に対応する走査画像(低倍率像)と右広領域中の一部の狭領域に対応する走査画像(高倍率像)とを択一的に表示するようにしたものか、あるいは、同時に表示するようにしたものかの点、及び右狭領域走査画像に対応する広さの領域を他の領域と識別しうるように囲み線等で囲んで表示するようにしたものか、あるいは右狭領域走査画像に対応する領域を位置的に単に輝点をもつて表示するようにしたものかの点でのみ相違するものと認められる。
原告は、引用例には、輝点表示の可能性を示唆した記載があるのみで、輝点を表示する位置や表示のための具体的な構成、手段等が示されていないから、当業者が容易に実施できる程度に開示されていないと主張する。
しかしながら、引用例記載の装置は、前述のとおり、広領域走査画像(試料像)中の任意位置の狭領域走査画像(試料像)を拡大して表示できるものであるから、その位置を明確にするため低倍率で観察されている陰極線管上に示される輝点も、任意の位置に表示できることは明らかであり、この輝点を任意の位置に表示することは、引用例記載の装置が属する陰極線管による走査画像表示に関する技術分野における技術常識に基いて容易にできることであるから、引用例に輝点表示のための具体的構成、手段が示されていなくとも、当業者が陰極線管上に輝点を表示することは可能であり、その場合、高倍率像として示すべき部分のほぼ中心位置を輝点をもつて表示するとみるのが事理の当然である。
なお、原告は、第一周知例記載の装置は、予め定められた位置に輝線を表示するものであるから、引用例記載の装置とは異なると主張するが、成立に争いのない乙第一号証によれば、第一周知例は、テレビジヨン受像機のチヤンネルインジケータに関するものであつて、映像の邪魔にならないように特に輝線を画面の上、下、左、右のいずれか任意の端部に設けるようにしたものであり、また、チヤンネルを表示するものであるため予め定められた位置に輝線を表示するようにしたものであり、更に、「この輝線の幅は水平パルスの幅、高さはパルス発生装置7のパルス幅で決定される。」(第一周知例公報第二欄第一四行ないし第一六行)との記載にてらし、輝線の幅、高さは調節可能のものであつて、このように輝線を表示しうるのは、その前提技術として、画面の任意の位置に任意の大きさの輝点ないし輝線を表示しうる手段をもつたものとみるのが相当であるから、原告の右主張は理由がない。
また、原告は、本願発明は広領域走査画像中の囲み線等により表示された領域の位置を可変にしうるとともに、右領域を拡大像として正確に表示できるよう構成されている点で、引用例の技術内容と異なる旨主張する。
しかしながら、引用例記載の装置は、右狭領域の位置が囲み線等によつて囲まれているものではないが、前述のとおり、そのほぼ中心位置は輝点によつて概略的に表示されるとともに、その位置を任意に変えることができ、任意の位置の狭領域走査画像(試料像)を拡大表示できるものであるから、本願発明と技術内容を異にするとはいえない。
更に、原告は、作用効果について、引用例記載の装置は、仮に陰極線管上に輝点を形成できたとしても、白黒画面であるため、他の画像部分の模様との区別がつかず識別可能な輝点を表示することは困難であると主張する。
成立に争いのない甲第一〇号証の二、三(走査電子顕微鏡写真)によれば、右写真に表示された輝点は他の画像部分の模様との区別がつきにくいものであることが認められるが、引用例における輝点がこのようなものに限定される理由はなく、陰極線管上の任意の位置に任意の大きさの輝点を表示することは当業者にとつて容易であることは前述のとおりであるから、原告の右主張は採用できない。
そして、原告は、本願発明の囲み線等による拡大領域表示と引用例記載の装置における輝点表示との効果上の差異を主張するが、原告主張の効果は、道路地図における表示手段からみて格別のものと認められないことは、後述のとおりである。
したがつて、審決が、本願発明は、引用例記載のものにおいて、低倍率像と高倍率像とを同時に表示する代りに、択一的に単一表示手段で表示するとともに、輝点の代りに囲み線等で領域を表示したものに相当すると判断したことは正当であつて、この点に関し審決に原告主張の誤りがあるとすることはできない。
(二) 成立に争いのない乙第二号証の一ないし三によれば、第二周知例のような道路地図においては、ある倍率で示された広い地域の中の任意の狭い地域を更に拡大して別途示すために、広い地域の中の任意の狭い地域の外周を四角の枠の囲み線によつて表示し、この狭い地域を拡大したものを別の頁に示すようにしたものと、広い地域の中の任意の狭い地域の中心付近に単に小さい丸の符号を付し、右符号の近傍を拡大したものを同じ頁に示すようにしたものとがあることが認められる。
そこで、本願発明及び引用例記載の走査形電子顕微鏡による試料像と第二周知例に示される道路地図とを対比すると、両者は、ある倍率で示されたもの(広領域)の中の任意の一部分(狭領域)を、右倍率より拡大して別途示すために、右狭領域が別途拡大して示されることを表示する手段を設けたものである点で共通するところがあり、また、この表示手段として、いずれも右狭領域を四角の枠の囲み線によつて領域が明確になるように表示するか、あるいは、右領域の中心付近を、点又は小さな円で概略的に表示する手段を用いるものであることで共通するものと認められるから、走査形電子顕微鏡による試料像において、輝点により位置を表示し、あるいは、囲み線によつて広さを表示することは、道路地図における表示と軌を一にするものであり、道路地図における右の表示手段に倣つて、走査形電子顕微鏡による試料像において、引用例記載の輝点による表示に代えて、囲み線による表示を適用することは容易なことと認められる。そして、走査形電子顕微鏡において、倍率の異なつた試料像を別々に切換表示することは、引用例中の「近時この種の装置においては、……複数の試料像を独立に同時に表示できる装置の出現が強く要望されている。」(第一欄第三六行ないし第二欄第一行)との記載及び弁論の全趣旨にてらし、本願発明の出願当時には普通に用いられるにいたつていたものと認められ、他方、道路地図においては、前述のとおり、倍率の異なる拡大図を別の頁に表示するものと、同じ頁に表示するものとがあり、これを前記試料像と対比すれば、前者は切換表示、後者は同時表示に相当するから、道路地図における右表示手段を適用するに当つて、切換表示か同時表示かについて格別の問題はないというべきである。
原告は、審決は他分野における地図の周知技術を引用例と組合わせることの容易性について何ら実質的な理由を示していないと主張する。
しかしながら、審決は、「地図の一部拡大図を拡大前の図中に囲み線によつて、その領域を表示することも周知である。」とした上、「輝点による位置の表示だけでなく、囲み線によつて広さを表示することは、地図における表示と軌を一にするものであり、高倍率像と低倍率像が同時に表示されるか、切換表示されるかによつて、その類推適用が困難になるとは考えられない。」と判断しているのであつて、その理由に不備はなく、その判断に誤りのないことは前述したところから明らかである。
また、原告は、引用例記載の装置の技術分野と地図の技術分野とはあまりにもかけ離れた分野であり、両者を組合わせること自体困難であると主張する。
しかしながら、道路地図は、特定の者に限らず、不特定多数の者が日常頻繁に利用するものであることは、自動車その他の交通の発達した社会において疑いのないところであり、それに用いられている前述の表示手段は、特殊な技術分野におけるものというよりは、広く社会一般に知られたものというべきであるから、走査形電子顕微鏡が属する技術分野の者にも当然知られていることであつて、これを走査形電子顕微鏡による試料像における拡大像の表示のために適用する程度のことに格別の困難があるとすることはできない。
更に、原告は、地図と引用例を組合わせることが容易であるとしても、地図は紙の上に固定的に印刷された表示にすぎず、これをブラウン管(陰極線管)上に位置可変で、かつ、切換表示できるようにすることは容易でない旨主張する。
しかしながら、引用例には、前述のとおり、輝点をもつて陰極線管上に位置可変で、かつ、その位置に対応させて拡大像を表示するようにすることが示されており、また、道路地図は、前述のとおり、任意の部分を四角の枠の囲み線で囲み、この部分を別途拡大して表示しているから、引用例記載の装置における輝点に代えて囲み線等により領域的な表示をすることは、道路地図における表示手段をもつてすれば、格別困難なこととは認められず、本願発明においてこのような構成を採用したことにより、広領域走査画像中の所望領域の拡大像の位置と広さの視野選択を簡単に行うことができるという効果も、道路地図における前記表示手段を採用することにより当然予測される範囲のものであつて格別顕著なものとすることはできない。
なお、原告は、本願発明の特許請求の範囲中の「当該表示手段に次に表示される狭領域走査画像に対応する広さの領域」は、その広さが可変であると解釈すべき旨主張するが、前記特許請求の範囲の記載からはそのように解釈すべき根拠は見出せない。仮に、原告主張のとおりに解釈できるとしても、前掲甲第五号証によれば、引用例記載の装置も、広領域、狭領域のいずれもが、その位置と広さ(走査範囲)とを、出力制御回路10、11及びそれらのバイアス回路の調節によつて任意に変えることができるものと認められるから、本願発明において右の広さを可変とすることが格別のこととは認められず、また、それに応じた広さの囲み線等により領域表示をすることも当然のことにすぎないから、原告の右主張は理由がない。
(三) 以上のとおりであるから、本願発明は、周知技術を用いることにより引用例記載の装置に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の判断は正当であり、審決には、原告の主張するような違法はない。
3 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
試料に照射ビームを照射する手段、前記照射ビームで試料面上を二次元的に走査する走査手段、該走査手段による試料面上の照射ビーム走査領域を広狭複数領域に切換えるための切換手段、前記各走査領域からの情報信号を検出する手段、該手段による検出信号が輝度変調信号として導入され、前記広狭複数領域に対応する走査画像を択一的に表示する単一の表示手段及び該表示手段上に広領域の走査画像が表示されているとき、当該表示手段に次に表示される狭領域走査画像に対応する広さの領域を他の像領域と識別しうるように表示し、該領域の位置を可変しうる手段から構成されることを特徴とする試料像表示装置。